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[つわり。]  

1.おとぎ話し。

世間に「つわり」の言葉は伝わっていますが、世間に伝わっていない部分の「つわり」について語ることにします。

男の私が、つわりを知り尽くしているわけではありません。知りえていることがあるので、その部分を、ということです。

ただし、内容的に世間離れしたものがあるため、見ている方に「どうして知ることができた」という疑問が持ち上がりそうです。

ここで注釈としておきます。
見ている人の「どうして知ることができた」は、知識として捉えたもので、私がいう「知る」は「体験・経験している」の意味です。

頭で解釈する・知識として知るは必要なことですが、体験に優ものはありません。

知識を活用するときは、知識に照らし合わせて実行しますが、体験はそのまま実行します。


いつもそうですが、疑問を湧かして差し障りをつくるのは、見る側のマインド(思考・想念の意味)です。

しかもインチキ者がいて、経験もないのに、さも経験あるそぶりで、見えもしないのに見えたふりして語ることがあるので、注意しなければなりません。

その手のインチキ者は、語る内容をチェックするとわかります。

その手の者がテレビを賑わした時期がありましたが、今は逮捕されたりして、静かになりました。

そう語っていた者が身を離れたときは、想像を絶する世界を迎えることになります。

なぜ?
全部、生きていたときに「自分で作った世界」だからです。

明るい人にとって時間と空間は「彩」で、たのしく愉快な世界ですが、暗い者には「渦巻き」にあたるので、翻弄されるのです。

すでに死んでいるにもかかわらず、身を守るのに必死にならなければ、今にも死にそうな雰囲気になる世界なのです。

わかりますでしょうか?


肉体のある者は三次元の世界にいますが、身を離れたときは四次元の世界になります。

別の表現をすると、肉体は物質の世界で、離れたときは非物質の世界になり、二つは異なった時空です。

だが、三次元と四次元は重なり合って(溶け合って)共に存るもので、別々に在るものではありません。

が、別々にあると受け止めることしかできない(体験できない)人もいるというのが現実です。


そういう理由があるため、「おとぎ話し」になりました。

おとぎ話しも、送り手側の経験に見る側の受容レベルが合うときは善しで、レベルが合わないときは「悪し」になります。

そこで、つわりをレベル的に分けて載せることにします。

この深いものについては、会員向けになります。



2.体の中の体。 

妊娠とは、肉体(物質)の中に、もう一つの肉体が芽生えることを意味する。

妊婦は、その芽生えを維持し、肺呼吸までに成長させることを担うのです。


「つわり(morning sickness・gormination)」の意味は次です。

ア)芽生える。
芽が出ることの意味があるとは、つわりのイメージと裏表の関係にあるようだ。


イ)妊娠初期におきる吐き気など症状をいう。
妊婦の多くに(約85〜90%)認められるもので、ホルモン分泌の変化とも考えられるが原因は不明(morning sickness・gormination)。
亜阻ともいう。

亜阻(オソ)=重症のつわりねことをいう。
はげしい吐き気により、とくに水分の不足から体重減少、栄養障害をおこす。


すべての始まりは、精子と卵子の結合からで、それは微細な世界のできごとである。
しかしできごとをよくよく捉えてみると不思議がいっぱいの世界だ。

微細な世界でも、物質(肉体)であるから眼で確認することができる。

それは細胞分裂。

ところが、人は物質だけでできていない。
思考と無意識で行動し、気分、感情というものに影響を受け、「身心」で言い表されるように体と精神から成り立っている。

精神は眼に見えません。
だから、精子と卵子の結合のように確認できません。

だから今まで、妊娠時のそれについては語られたことがなく、成長中のそれについては抽象的な表現に終止している。

だれを知らない(未経験)のだから、そうなるのもいたしかたないことです。

ところが、眼に見えない・語られないものに、その後の人生の大半が影響を受けることになる。


世の中には、鋭い感覚と四次元を見通せる眼を持つ人たちがいて、精神をも精査する。

その人たちは、おおむね、心の領域を学ぶ人たちや、意識性の高い人たちに目立たない密やかな方法で語りかけ、働きかけている。

それは、なぜ?


人は自分を知らないままで一生を終える。これから外れる人はほとんどいない。

残念ながらそうなっている。

知らないままで終わったのでは、この世に生(性)を授かった意味がない。

そこで早く「私」を知り認識してもらいたい、という感覚が働きかけをはじめさせる。

したがって、なぜは無い。


人は、自分を知らないままに語るので、言葉の中身は「自分以外」のものに終止する。

知らないものは語ることができないのだから、しかたがない。

自分の過去を知ることは、現在の自分を知ることに役立つといわれる。

そこで、上手に少しづつ、分かりやすい・理解しやすい内容が語りかけられ、いつのまにかその中の一つに、過去世が加わっている。

さまざまな人の過去と、さまざまなケースの過去世が語られ、現在の状況と一致する。

そのありようは、現在の状況をすでに過去が語っている、というような様そうである。

過去が現在を作っている、とでもいうような、アレコレの状況を耳にし眼にして、自分の過去世になる。

どう考えても、現在は過去の延長上であり、あるいは過去の要因で現在を作り上げ、それを運命の名のもとに容認しているのすぎない、ということがわかる。

「そうでない」とは、決していえない。

さまざまな過去在が語られ、その過程で出生に関したことが出る。



3.光りに引かれる・光りを求める。

ほんの一例だが、ただし、ほとんどがそうであるようで‥‥

物質の世界では、男女の出会いがあって精子と卵子の結合が起きる(最近の医学を論ずる人たちに、この現象の反乱者が表れたようだ)。

しかし向こうの世界では、男女の出会いよりも先に決められていたかのように、まるで計画されていたかのように、そこで進行することがある。

それは、まるでもう一つの裏側の世界があって、そこで物事を決めるがごとく進行する。

進むことがわかっていて、そのように進むという世界の感覚には、ちょっと理解しがたい。


女性の腰(物質)の周辺には、非物質が飛びかっている。
非物質とは「意識体」ともいうが、ここでは非物質で表す。

それを「魂」と呼ぶのには、さらなる他の付属説明があった方が、誤解を生まないですむ。

要は物質の腰の回りを、非物質が周回していると考えればわかりやすい。


なぜ、腰周辺部に飛びかうのか?

非物質は以前に肉体を有していた。

肉体を離れた後、それぞれの「過程と時間(再教育)」を経て、再び肉体を入手すべく腰周辺部を周回する。

それは、熟知(肉体を手に入れる)していて、周回しているのとは違う。
あくまでも、そうある「ありよう」で、そうなるだけである。

なぜ、周回するのは腰なのか?


腰は意識体から見ると光りの集りに見える。
意識体は光りであり、その光りは腰の光りに引かれて集まる。

集まったのは、こういう理由からだ、というようなものはない。

半面、あきらかに目的をもって集まり周回するものもいる。

そういうことで、この現象は単に光りの回りを、光りが飛び回っているにすぎない。


光りに近いものは「光に近親感を覚える」。
光は自分より明るいものに引かれる。

光は闇を求めない。

肉体時の自らの内側が暗いときは鈍い光を求め、明るいときはより明るい光に「自然に近づく」。

この場合の暗さの原因はエゴ、明るいとはその反対を指す。
エセ(偽物・偽者)でない証の光り。



女と男が出会い、信頼関係が築かれ、言葉を必要としなくなった状態になると、腰周辺と子宮は今までよりも光の状態になる。

体に結合のためのエネルギーが満ちてくると、子宮は「光彩」という言葉で語られるほど光輝いてくるという。

その光を眼にした非物質は、その光に近づくこと以外はできないくらになる。

まるで光に吸い寄せられるように「光彩」に近づくが、光から離れられない状態になることもあるという。


強烈な光を通過すると、意識の活動が鈍くなり、睡魔に襲われたようになる。

それは真夏の明るい太陽の下で、もっと明るい強烈なフラッシュを浴びたような状態といえば、わかりやすいだろうか。

ところが、そういう光を通過しても平気なものや、かえって生き生きとしてくるものもいる。

ここで二つの説明が成り立つ。

一つ目。
二者は、世間に出てから異なった二人になるが、どちらが何になるのかはわからない。

だが、異なった二人になることだけはわかる。


二つ目。
それは世間に出てから感覚的に鋭くなる・行動的になるタイプで、先のはポワ〜ッとしている、に別れる。


明るさに楽しさを覚えるものは、リズムをとり、ダンスをして、踊るのを止めないし、止められない。

ゆったりとした優雅な踊り、激しい踊り、ニコニコしているもの、歌うもの、眠ってしまうもの。



4.肉体と意識。

私たちには意識があり、頭脳が正常に機能するかぎり、一般的にいうところの正常人であるが、そうでないときに、先天性‥‥でいい表されることになる。

それは体に精神が宿ると表現されたり、身心一如といわれるように、体と精神は一致(Fit・Synchronize)するようにできているが、発生段階では違う。

腰周辺部を周回するのは「意識体」であるが、その質的なものは肉体の意識とは少し異なるようだ。

姿形(スカダ・カタチ)がなく、言葉を発しない。

姿形(スカダ・カタチ)はないが、見る人が見ると姿があって動く。
言葉を発しないが、聞く人が聞き、感覚の鋭い人が感じていると意志が通じる。

経験がないままに、または予備知識ないままにこのあたりのことを知ると理屈になるので、知らない方がいい。


向こうの世界が、精子と卵子の結合が予定されていることを予見すると、意識体は競って子宮を目指す。

周囲が目指す雰囲気に一変することもある。

意識体が子宮に入ると、肉体の方はいやおうなしに妊娠することになる。
これなどは、まったなしの進行状況だ。

意識体は競争に勝って子宮に入るが、それが二つのとき双子となる。

あるいは、歓呼の送りだしを受けることもある。
再び、この世で肉体を売ることを喜びとしての「歓呼」である。


では、意識が子宮に入るとはどういうことなのだろうか。

姿形がなく、言葉を発しない非物質が、物質の子宮に入るとは考えにくい。

こういう考え方は物質的生活に慣れている感覚が引き起こすもので、非物質への一種の拒否感といえるものだ。

そうではない。
「弱い光り」が光りに魅せられて、光りの強いところや、強い輝きに吸い込まれた結果、そこの居心地がよく居座ってしまった、というような状態なのだ。


物質のはじりは微弱な光りである。
物質構成を徹底的に分解すると、光りの粒子や電子になる。

眼に見える物は、眼に見えないものでできていたということである。

物質の基本構成がそうであっとは‥‥‥
それに気づいたアインシュタイン(Albert Einstein)は愕然とした。

ところが、有は無から生み出されるということを歴史的な事実として、ごくあたりまえのように受入れている東洋という地域があることがわかった。

晩年、アインシュタインはその東洋思想を研究しようとアジアに拠点を移した。


意識体は非物質であり、それは微弱な光りであり、明るい光りに魅せられ引き寄せられ、光りの中に居座る。

それが時間とともに物質へ融和し、一体化していく。

肉体(物質)の中にもう一つの肉体が芽生え、肺呼吸まで成長して、意識をもって行動するようになる、そのはじまりだ。


5.意識の波長。

意識は体のどこにあるのだろうか。

通常、「眼」が関係しているという。

眼で見るときの一瞬は、意識が受け止めている瞬間でもある。
では耳は関係しないのだろうか。

耳も関係してくる。

全身が関係する可能性があるのだが、残念ながら、実際には体の一部だけがかかわっている。

それが眼である。


精子と卵子の結合から分娩まで、意識はどうかかわっているのだろうか。

非物質の意識は微弱な光りであり、明るい光りに魅せられ引き寄せられ、光りの中に居座るわけだが、遊びが好きだ。

光りが溶け込む(体の中に入る)と、しばらくは周囲を楽しむが、飽きがきて光りから外に出ることもある。

つまり、体の外に居るのだ。
通常は、頭の上といわれている。

その期間は長くない。

これも、見える人が見ての話しである。


意識(体)はバイブレーションである。
バイブレーションは振動・波動・波長・響きなどで言い表される。

ラジオとテレビが役に立つのは、言葉や音楽、絵を波長に乗せて送り、それをこちら側が同調して受けることができるからだ。

ラジオテレビは同調(Synchronize)すると聞こえ見ることができる。

波長が合わないと、ラジオテレビはノイズを発して雑音になるのでウルサイ。

波長が高いときは耳にキーキー音として、低いときはガリガリやザァーの雑音として聞こえ、鳥肌が立つときもある。

いずれにせよ邪魔であって、それ以外のなにものでもない。

では、意識の波長と母親の波長はどうなっているのだろうか。



明るさに楽しさを覚えリズムをとり、ダンスをしたり、歌を歌ったりとにぎやかな意識体がいることは前に述べた。

ゆったりとした優雅な踊り、ニコニコ顔、眠っているもの。

その波長は母親にとって邪魔にならない。

激しい踊りが好き、でっかい声で歌いたい、高揚したように高ぶった気持ちでいるもの。
その波長は母親の波長と合わない。

あきらかなノイズだ。
これが「つわり」と言われるものの実体である。



6.つわりを伝える。

母親と波長が合わないときがつわりであるが、両者の波長がもともと合わない場合がある。

つわりがきつく、長いときの例である。
こういうのを「悪阻(重症のつわり)」というようだ。

波長は、同調するという言葉で表されるように、どちらかがどちらかに合わせることができる。

波長を合わせる、同調する。
細かな波長に粗い波長は吸収されるか同調するもので、完全に一致しないまでも類似波長に変調する。

微細で強い波長は、ほとんどの波長を吸収するが、波長が弱いと吸収できない。


では意識体の波長は、どうすると変調できるのだろうか。
または、母親の波長を変調して、意識体の波長に合わせるか。

後者はほとんどの人ができない。
簡単に変調できないのだ。

前者は可能性がある。


はたして意識体は呼吸をしているのだろうか。

以前は肉体を有していたので、体の感触が残っている。
が、三次元世界の感覚よりも数倍鋭くなるため、三次元世界の感覚で向こうの感覚を語ることはできないが‥‥

したがって呼吸はしているが、それは肉体の呼吸とは異なる。
肉体的な呼吸機能ではないから、残像の呼吸であって実在ではない。

しかしそれでも、呼吸としての重要な役割がある。

肉体は呼吸なしに生きることができないくらい、呼吸に依存している。
あきらかな呼吸体である。

意識は残像呼吸、肉体は実在呼吸でそれぞれにエネルギーの増加、生命の維持という役割がある。

ここにつわり対処法のヒントがある。



息を吸う。

吸うのは口や鼻のどちらでもいい。
とにかく静かに吸うこと。

そして息を吐く。
吐くときに工夫がいる。

細めた唇から、ゆっくりと押し出すように息を吐く。

吸う息は1〜2秒。
吐くのは4〜8秒。

ゆっくり息を吐き、普通に吸う。
この呼吸を、一度に10回くらい続ける。

母親がつわりであることを、意識体に呼吸で伝える、である。

茂貫雅嵩著 2004.10.07
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