| クオリアボディ |
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「操体法・体感」 CDROM 茂貫雅嵩著より
歪み
1.歪み(ヒズミ)。
体の歪みは、体への物理的な影響・生体機能の影響・精神的な影響でできる。
体の歪みには、体が傾いている、捻じれている、体型がずれているといった全身的なものと、頭、首、肩、背骨、腰、骨盤が傾いているズレている、脚、膝、足首などの左右に違いがあるといった部分的なもの、体型は正常だが感覚的にすっきりしない、体調がよくないといったものがある。
それらは、筋骨のかかわりによる歪みである。
(1)全身的な歪み。
(2)部分的な歪み。
(3)内圧の変化。
背部の筋肉に左右差があるといったものは、よく見ると違いがわかる。
それに対してコリや硬結といったものは、見た目にはわかりにくい。
触れて調べることになるが、これも立派な歪みだ。
打身、筋疲労などによる硬さなども同じだ。
しかし体型はととのっていて、調子がわるいというのは、見た目にはわかりにくい。
(1)見分けられる歪み。
(2)触診で調べる歪み。
(3)見分けられない歪み。
筋肉は柔らかいものなので、軟組織と呼ばれ、骨は硬いので硬組織と呼ばれている。
前者にコリや硬結があると、後者に構造的な変化が表れ、後者が変化すると、前者にコリや硬結が発生するという表裏の関係にある。
2.歪みができるわけ。
その @
歪みはなぜできるのだろうか、いくつかの例を上げてみる。
腰をかがめて物をとる、片手を上げる、寝返り、起き上がる、立ち座る。
このとき重心の掛け方、息のつき方、力の入れ方と抜き方、気持ちの持ち方などが不適切であったり、無意識(あるいは習慣的)に繰り返される動き、ある姿勢を長時間保つことなどが原因で歪みができる。
そして、偏食、過食、アルコールの飲み過ぎも原因の一つだ。
(1)重心の置き方、掛け方。
(2)体の動かし方。
(3)呼吸と動き。
(4)力の入れ方と抜き方。
(5)気持ちと動き。
(6)無意識的に繰り返す動き。
(7)動静体で一定姿勢を保つ。
(8)偏過飲食。
(9)疲労による骨格間の開き(例、腓骨と脛骨の開き)。
その A
動きとは、重心を移動させることであり、安定とは、重心と中心がより近づいているか、一致していることをいう。安定した動きは、効率的でエネルギーに無駄がない。
体の動きの基本は、前後に倒す(前後屈)、左右へ倒す(左右屈)、左右へ捻じる(左右捻転)、遠心力を加えた牽引と、求心力を加えた圧迫の四種類、八方向への動きだ。
運動の基本
1.前後屈。 図1
2.左右屈。 図2
3.左右捻転。 図3
4.関節軸に対する牽引と圧迫。
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図1 |
図2 |
図3 |
体を前後左右へ倒す、左右へ捻じるときの重心のかけ方がまずいと、歪みができやすい。
動きで歪みができる原因の一つだ。股関節や腰周辺部の歪みのほとんどは、これでできる。
前屈するときは、後側に重心をかけて倒し(図1)、体を横に倒すときは、倒す反対側に重心を置き(図2)。捻じるときは、捻じる側に重心を置くようにする(図3)。
体を伸ばすときは、伸ばす側に重心を置く。
これが体を動かすときの重心のかけ方の原則である。
重心のかけ方が合っている動き方は、体が楽に感じる。
その B
腰に中心を求めた動き、腰を安定させた動きはバランスがとれている。バランスがとれていると力が分散しない。力が分散しない動きは効率的だ。
腰が不安定だとバランスがくずれて、力が分散し腰が引けた状態になる。
それを「および腰、へっぴり腰」といって、中途半端なことをいい表すたとえになっている。中心がズレて不安定になっている腰はバランスを保てない。
および腰で重い物を持ち上げたり、姿勢を変えたりすると、バランスのくずれをカバーしなければならないために、どうしても特定の個所に力が入ることになる。
特に、重い物を持ち上げるときは、瞬間的に過大な力が入るため、組織に損傷を起こしやすい。そのわかりやすい例がギックリ腰だ。
その C
体は楽な動き方をしないと、特定の個所に筋力が入るため、部位と部位を結びつけている関節に負荷がかかったり、ズレることになる。
関節がズレたまま使いだすと、ズレの分を補うために、どうしてもある個所に緊張を作りだすことになる。
さらにその緊張が残ったまま使い続けると、そこに疲労が蓄積してくる。
その疲労が解消されれば問題はない。解消されないまま継続すると、疲労排泄物を蓄積することになり、それが硬結などを作ることになる。
硬結や凝縮、ズレたままだと、さらに特定個所への筋力ということになるので、それが次の歪みを作る原因にもなる。動く前に歪みをとることと、楽に動くことを勧めたい。
その D
動作はある部分で支え、他の部分に力を入れることで可能になる。いわゆる支持と運動である。言い換えてみると、ある部分を緊張させて、他の部分を弛緩させることでできるようになっている。生活は、それを繰り返すことで成り立っている。そして、動きは息を吐きながらというのが原則になる。
つまり、呼気で動くということ。
ただし、最大筋力を必要とする動きでは、息を止めて行う。
生活というのは、体を無理に使ったり、傾いたまま動いたり、筋力が分散する姿勢であったり、呼吸と動きが合わないなど、歪みを作るような場面が多い。仕事がらやむをえないこともあるだろう。このように、歪みの発生には、避けることができない一面もある。
その E
呼吸、食事、気持ちの持ち方と動き方でも歪みはできる。一例を上げてみよう。
粗食だが呼吸は腹式で大きく、気持ちよく動くことを心がけている人と、美食で呼吸が浅く、動き方の原則を無視した人では、前者は、歪みが少なく健康・長生きタイプで、後者は歪みをたくさん作って進行し、やがて調子がくずれ、すっきりしない毎日を送ることになる。
現実には、それだけではすまないだろう。
気持ちの持ち方ひとつで、健康に重大な影響を与える。というのは「気持ちの持ち方ひとつで、体と表情は明るくも暗くもなる」からだ。それは気持ちの持ち方ひとつで、動きがスムースになる・ならないという意味でもある。
本当は、その動き方で十分なはずが、効果が現れなかったり、アクシデントが起きたりする。それは、気持ちの持ち方とは「心の働き」を意味し、体の動きとは、体の働きのことであり、二者は連動しているからだ。
昔から言われている「心焉に在らざれば視れども見えず(心ここにあらざれば、みれどもみえず)」や、「心身一如(心とからだは一体の境地)」は、それらを言い表したたとえだ。
体の動かし方でできた歪みは、体の動かし方で、緩めて解消することもできるが、精神面の影響による歪みは、緩めることさえ難しい。なぜだろう。精神が肉体に与える影響は、圧倒的に強く大きいからだ。
そして、少々のことをやっても効き目がない。
その F
疲れてくると筋肉が緩む。そして骨と骨のあいだが拡がってくる。そのいい例が、朝と夕方の「身長差、すねと足のむくみ」だ。身長は朝よりも夕方の方が1cm以上も低くなる。
腓骨と脛骨が拡がってくると、すねはむくんできてだるくなってくる。足のむくみは靴がきつく感じるようになることでわかる。靴を選ぶなら午後3時というのは、そのことを言い表している。
頭の骨も緩くなる。緩くなると、気力が低下してきて、ガンバリがきかなくなってくる。それを経験的に知っていた昔の人は、骨の拡がりを防ぐために、「捻じり鉢巻」というものを使った。鉢巻をすると頭の拡がりを防ぐことができるので、気力の失われ方が少なくてすむ。
すねに巻いて使ったのが、ゲートルだ(guetre)。
ゲートルをすねに巻くと、腓骨と脛骨の拡がりを防ぐことができるので、活動しやすく長続きする。すねが拡がった分だけ、脚長が短くなり疲れやすくなる。ゲートルは、今風に言うとサポーターにあたる。ゲートルは旧日本軍が使っていた。
3.一側優位性。
体には、一側優位性(イッソクユウイセイ)というものがある。たとえば手は右利き、軸足は左というように、機能の役割が一方が優れていることをいい、ラティラリゼーション(lateralization)という。運動機能は大脳半球の支配を受け、大脳の右側と左側が、体の左側と右側を支配している。一方の働きが優れているわけだから、機能差ということになる。動き方がはっきりしているので、見た目にわかる。
4.避けられない動き方。
動きが窮屈で不快になるというのには、それなりの理由がある。生活するということは、同じ動きの繰り返し、習慣的に体を使う、社会環境への順応などさまざまな場面が展開している。
社会環境への順応には、無駄とわかっていてもしなければならいものや、無理でもやらなければならないなど、避けることができない一面がある。
そうしたことが、体に窮屈感を生み、体にクセとして記録するようになるのだ。
そしてそれらは確実に、重心の移動を制限し、偏りを作ることになる。
5.無意識の動き。
利き手、利き足、軸足は、どのようにして決まるのだろうか。これは軸足、こちらは利き手と考えながら動いているわけではない。無意識の内に自然に動いている。使いなれた自然な動きの結果が、利き手、利き足、軸足である。すべて無意識の動きだ。
無意識の動きは、すべて「動きやすく、楽な動き」ばかりで、窮屈で無理な動きは一つもないといえのではないだろうか。
その一番いい例が、声をかけられて後ろを振り向くとき。無意識的な動きの典型である。階段の上がり下り、靴下をはく、スーツを脱ぐといったこともそうだが、動き方やポーズの構え方にしたって、全部、無意識で行っている。
こうしてみると、無意識の動きは「動きやすい動き」である、ということができる。
動きにくければ、しないはずだ。
このように、日常の動き全部が動かしやすい動き方をしている。
それを意識して行っている人は、まずいない。大多数の人は起きているときも寝ているときも、無意識で動いている。
それが証拠に無意識の動き・動きやすい動きも、痛みを感知したときは、動きを止めて痛くない動き方を探りだすようになる。
そのことから、無意識の動き・動きやすい動きは、バランスを計っている動きということができる。だから、不快な動きはその人をアンバランスにする。
無意識の動き方について、注釈しておきたいことがある。
意識的に体を動かすことを心がけている人たちがいる。ごくわずかな数ではあるが、世間から見ると例外的な人たちである。
意識的に体を動かすことの意味、その必要性を十二分に知っている人たちだ。
歪みができると
1.歪体。
歪みができるとどうなるのか。
結論から先にいうと、健康そのもので長生きするのと、病体にまでなるケースに別れる。歪みは、正体な体を、歪体(ワイタイ)にする。正体が歪体になるのだ。
正体であれば感覚は正常で、スムースに動き、形は整っている。それが歪体になると、歪んだ分だけ動きにくい感じになり、動きにスムースさが欠け、形も変化してくる。それを「形態と運動力学の変化」(形と動きの変化)という。
時には、三種類が同時に起きることもある。
(1)歪体になる。
(2)感覚が変化する。
(3)形が変化する。
(4)動きにくいと感じる。
形と動きの変化の一例を上げてみよう。
関節の位置が正常であれば、バランスがとれているので、筋肉と骨格の関係も正常といえる。感覚、体型、動きは変化しない。関節の位置がズレてくると、筋骨の関係がアンバランスになるため、関節周辺部や筋肉は緊張してくる。
関節の動きは緊張している側に、制限を受けるようになる。さらに拮抗筋が異常緊張して完全に弛緩しない場合は、反対側への動きが制限を受けることになる。
制限を受けると動き方はせばまり、動かすと違和感が生じるため、動きにくい、スムースに動かないといったことになってくる。感覚、体型、動きの変化だ。
ためしに、顔を左右へゆっくりと向けてみると、向けやすい方と、向けにくい方のあることがわかる。向けにくいのは動きに制限を受けているためで、これが動きと感覚の変化だ。これは体の歪みによるものだから、歪体による左右差ということができる。
この動きと感覚の変化が、観察と改善の重要なポイントになる。形の変化は形態観察で見分けたり、触診で調べることになる。運動力学の変化は「動き方」で調べて、改善法で対処することになる。
小中学生の姿勢、自覚症状などへの取り組みも、ここから始まる。
2.感覚異常と不快感。
歪体になると感覚異常が発生する。感覚異常とは「気持ち良い」の反対側にあるもので、「不快感」と表現している。不快感は、体を動かす・動かさないに関係なく、不快と感じる感覚のことをいう。
その代表例を上げてみる。
違和感がある、快適でない、調子がわるい、重苦しい、体が重く感じる、だるく感じる、動くと痛い、動きにくい、スムースに動かない、動くと体がきつく感じる、動くのがおっくうだ、体が張った感じがする、
歪体になってもごく希に、不快感が発生しない場合がある。7年過ぎても不快感がないという例もある。本来、発生するはずのものが、なんらかの要因で潜在化したようだ。
そうすると、不快感がないので、正体と見なされることになるが、そんなことはない。そのような場合でも、体を動かすとわかるし、触診でもわかるようになっている。
もちろん、そのためには慣れが必要だ。
動きと触診、この二つが歪みを見つけ不快感をなくすための、奥の手である。
歪体になって発生する初期の不快感は、何となくという程度の感じなので、ほとんどの人が気がつかないでいる。敏感な人や注意深い人は、わずかな不快感にも慎重になるので、それ以上に進行しないですむ。不調なままでいて、いつのまにか消えるということもある。
うまくバランスがとれている人だ。
(1)感覚異常・不快感が発生する。
(2)不快感が発生しないこともある。
(3)その場合でも、動きと触診で見分けられる。
3.歪みの定番。
歪みがある場合、ある範囲の不快感があるものと考えて取り組んだ方がいい。頭が重苦しい、首や肩がこる、背中が重苦しい、腰がだるいといったものは歪みの定番だ。
それでも単に不快感だけのときと、不快感と自覚症状が同居することもある。前者は、初期の歪み発生の段階で、後者はすでに歪みがある人だ。そしてほとんどの人は、まちがいなく後者に属している。そのことに疑いの余地はない。
歪みと自覚症状の関連は、次のようになる。
歪みがあると感覚と体型が変化する。だから背部から見て、首すじと背骨に捻じれや傾きがあれば、首、肩、背中、腰などに不快感があることになる。それとは反対に、首すじ背骨がまっすぐで、捻じれや傾きがなければ、不快感はないことになる。
ところが実際には、捻じれや傾きがなくても、不快感があるというのが普通だ。
そうすると、首すじ背骨の捻じれ傾きを正常に戻すと、不快感はなくなるという理屈になる。
まったくその通りで、載せている実技はその原理にもとづいている。
それでは、首すじ背骨の捻じれ傾きを、そのままにしているとどうなるのだろうか。
まず、その傾きが神経や血管を圧迫する。続いて、背部の筋肉が緊張するため、その緊張も血管や神経を圧迫し、先の感覚異常より変化した異常感覚を発生させ、内蔵機能の働きを悪くする。
(1)自覚症状は、歪みの定番と考えよう。
(2)ほとんどの人に、歪みがある。
(3)歪みを解消すると、不快感も消える。
(4)歪体のままでいると、次に進む。
4.バランスを保つ感覚。
歪みが小さい場合は、歪体になっても、気がつかないのことが多い。やや敏感な人でも少し後で感じだす。ところが「感覚や気分に忠実な人」はすぐに、いつもと違うことに気がつく。
感覚や気分に忠実な人は、表情が明るく、落ち着いた雰囲気を持っている。
感覚や気分に忠実になるためには、注意深さが必要だ。この注意深さが心身の健康に対して、何かの役割をはたしているようだ。
健康とは、呼吸(息)・飲食(食)・運動(動)・精神活動(想)の四項が原則にそって行われ、環境に適応することで成り立っている。したがってその人の健康は、その人が作り上げて維持するもので、その人しだいで良くも悪くもなる。
四項のことでよく聞かれることに睡眠と排便の件がある。四項の実践とは、起きている・意識していることを表し、食、動、想の活動が止まっているときを睡眠とみなし、食の最後の段階が排便となる。
四つの行い方は厳しいものではない。つまるところ、バランスが保てる範囲内でいい。それを守ってさえいれば、体に影響を与えるようなことはない。そうでなかったために不健康になったのだ。そうはいってもほとんどの人は、自分のバランスを保てる範囲がわからないのだから、しかたがない。
ところが、わからないのに健康な人がたくさんいる。ここにヒントと答えがある。その人は、バランスを保てる範囲はわらないままに、調和していたということを物語っている。
その人たちを調べてみると、できるだけ感覚に従った生活をしている。
感覚に従うというのは、感覚に同調しているということを意味する。
感覚に同調している人は、内面性が安定していて、落ち着きがある。
感覚は微妙なものだ。それに同調しようとすると、微妙な働きが生みだされてきて、それがバランスを保つ役割をする。
バランスの保てる範囲やレベルというのは、人によって異なるので、まず自分のレベルを覚え、他人のコピーは通用しないということを知ることだ。特に心の働き、明るい気持ちの持ち方、精神を安定させるといったことは必要だ。
精神面の不適応による歪みは、体の動きや飲食からの歪みよりも、一段と面倒な場合が多い。
5.感覚・体型・動きの関係。
感覚・体型・動きの三つがお互いに影響するという関係には、二つの側面がある。一つが他の二つを悪化させるということと、一つが他の二つを回復させるということ。
たとえば、感覚が変われば、体型と動きに「良い影響と、悪い影響」を与えるという、相関性と相補性の働きがある。この二つのかかわり方を、同時相関相補性という。
わかりやすくいうと、良くもするが、悪くもするという関係のことで、その両方の可能性があることから、これを可逆性という。
健康と不健康の間にはそれが存在する。だからこそ、体が回復するのだ。
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感覚
動き 形態
歪を調べる
1.歪みの調べ方。
体の歪みを調べるのは、難しくない。
調べる方法は眼で観察する(視診)、触れて調べる(触診)、動かして調べる(動きテスト・動診)の三種類がある。調べ方に、東洋医学の診断方法と似ているものがあるので、混同しないように注釈としておいた(注1)。
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歪みの見つけ方 |
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表 現 |
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(1)見て調べる |
⇒ |
形態観察・体観。 |
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(2)触れて調べる |
⇒ |
触診。 |
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(3)動かして調べる |
⇒ |
動きテスト、動診、運動分析。 |
(1)見て調べる。
眼で見て調べることをいう。
望診ともいう。たとえば、頭は傾いていないか、肩の左右の高さは、背骨はまっすぐか、背中は、腰の左右の高さは、膝の高さはといったことを見分けるために行い、顔色を見たり皮膚の色やつやを見るということもする。
ここでは体観として、静止体と運動体の観察を載せてある。
(2)触れて調べる。
指先や掌で触れて調べることをいう。
掌や指先で筋肉のなだらかさや柔らかさ、筋肉の左右の均等性、硬結、コリ、凝縮、筋肉の隆起、背骨の陥没、皮膚の温冷熱、張りや弾力、本来ならばなだらかな曲線を描いているはずの背中、腰周辺部になだらかさが欠けていて、デコボコになっていないかなどを探りだすことで、触診ともいう。
ベテランになると、軽く触れただけで何の病で、いつごろ始まり、今どうなってるのかをピタリと言い当てるというから、すごい。
(3)動かして調べる。
体を動かして、動いたときの感覚がどうなっているのかを調べることをいう。
たとえば顔を左右にゆっくりと向けてみると、向けやすい方と、向けにくい方のあることがわかる。動いたときの感覚というのは、「動いたときの本人の感覚」のことで、動かした人の感覚をいうのではない。
ここのところを間違わないようにしてほしい。
動き方には「自分で動く、人に動かされる」の二通りある。
動いて感覚を調べるというのは、操体法だけが行っている独特な診断方法で「動きテスト、動診、運動分析」という。動診は世間のあらゆる治療法と健康法にもない。動いて調べるのであれば、体を動かせる人であれば誰にでもできる。
2.歪みを見つける。
体を真中から左右に別けて比べてみると、おどろくほど差があることがわかる。
たとえば、頭の傾き、肩の左右の高さ、背中の左右差、背骨はまっすぐか、骨盤の左右の高さ、膝の曲り方はどうかというように、違いを探しだしたらきりがない。
まるで、体の左右は同じようにできていないかのようだ。実はその通りで、同じようにはできていない。この見方を形態観察・体観(視診)という。それらの違いには一目でわかるものと、詳しく見なければわからないものがある。
ときおり、わずかな違いはあるが、全体的に均整のとれた体を目にすることもある。いわゆる「バランスのよい体・均整のとれた姿勢」というものを眼にしたときだ。
体は、二本の足で立って動くようにできている。動きとは、体をさまざまに変化させることでもあるから、捻じれ、傾き、隆起、高低差、左右差といったことが起きてくる。
また体には運動系というシステムと、連動性という働きがある(注2)。そのためにある部位に発生した歪みは、運動系と連動性に乗って他の部位に影響を与えることになる。下部の歪みが上部に歪みを作り、上部の歪みが下部に影響するというように。
バランスとは全体と部分の、そして部分と部分の調和を意味する。
運動系・連動性・バランスの意味からも、観察は全身的に行う必要がある。
3.静止体と運動体。
観察は、まず、静止体の立位と腰掛けた姿勢(椅坐)の正面・側面・背面を見ることから始まる。
慣れてくれば、左右の違いはすぐにわかるようになる。体は二足立で動くようにできている物理体・構造体であるから、動いたときの体も観察する必要がある。
動きによる観察は、動きの特徴やクセを調べるものと、動き方を調べる方法がある。実技では動的な面も調べている。
歪みが、すぐに健康のよしあしに直結するということではない。それでも歪みを放置していると、不健康行きの片道キッブになることは事実だ。歪みのままというのは、避けたいものだ。
たとえば今、学校で問題になっている子供たちのことも、この方法を用いることで防ぐことは可能だ。
4.体と心は表と裏の関係。
生活には、緊張することが常にある。
少し緊張するのはいいとしても、それが持続してくると問題を生みだす。
持続的緊張に慣れていない精神部にとっては大変だ。ストレスが病気を作ることは知られている。驚愕、怒り、過度の精神的緊張は体を硬直させ、食欲低下などを起こし、それが継続的であったり、度がすぎると生体機能に変化を起こす。
精神的にいやなこと(ストレッサー)が起きると、当初は、首、肩、胸背部の筋肉は緊張(ストレス)して変化を起こす。この時、敏感な人は、なんとなく首と肩が重苦しい、どうも頭がすっきりしないといったことを感じるようになる。
それが続くと眠れない、後頭部が重苦しいといったことにつながっていく。
そこまでくると次の段階、極端に緊張の程度(レベル)が高くなる。
背中がこわばり脊柱起立筋が緊張し、不眠症、ヒステリー、いらつき、食欲低下、便秘、発汗と続くことになる。この事実は、今から2400年も前に「病は生体とそれを取り巻く環境との関係で起きる。病気にならないためには、良好な精神状態を保つことが大切だ」とヒポクラテスが説いている。
ストレスは大昔からある、良好でない精神状態なのである。
5.見えないものの影響。
精神、心といわれているものは、眼に見えない。だが、その働きについては、心配ごとができたとき「気持が動揺」するなどで知ることができる。実際、その動きは体に驚くほどの影響を与える。体から心へよりも、心から体への方がまったくストレートなのだ。
まるで心と体はピッタリとくっついているみたいだ。
東洋医学では昔から、「喜は心を傷り(やぶり)、驚は腎を傷り、怒は肝を傷り、憂は肺を傷り、恐は腎を傷り」と言われている。当初の傷りは、影響と考えるとわかりやすい。
それが持続すると、生体のどこかにキズがつくことになる。つまり「見えないものが(精神的緊張)、見えるもの(体)に異常緊張」を作りだしているのだ。
それが内的要因、心因性といわれるものである。
注1
望診(本人の様子、顔の気配や色、舌の様子、体の形や姿勢を観察する)。
聞診(声の様子を聞き、においをかぐ)。
問診(体の調子、寒熱、不快などの必要なことを聞く)。
切診(脈をみる、胸や腹、背中に触れたりして触診をする)。
注2
運動系。
体の各組織を機能的に、運動系と非運動系に別けて、運動系を身体の基礎構造と呼ぶ。
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身体 |
非運動系 |
平滑筋(自立運動系に支配される)。 |
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運動系 |
硬組織 |
骨・軟骨。 |
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軟組織 |
横紋筋、腱、腱鞘、筋膜、関節を形成する内容と、関節を外から包む嚢、靱帯、皮膚の一切。 |
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連動性。
運動系と非運動系、硬組織と軟背式は、ともに表裏の関係にあって互いに関連し合い、同時に、互いに補う関係にもある。前者を「相関」といい、後者を「相補」という。